第33章/プリン

 慎一郎がダビングしてきた尾崎豊のテープを洋子に渡した。岳実を除く3人は、尾崎豊の話で盛り上がっていた。岳実は横になって、のぼせが引くのを待って、治ってから、新聞記事のことを話してみた。
「北秋新報で、スリーオンスリー大会の記事が出てたの知ってらが?」
「うん、知ってらよ。その記事を見つけだ時は、魂消(たまげ)たんだ。タゲの家でも北秋新報を取ってらの?」洋子が言った。
「いや、うちは、出羽さきがけ新聞だ。実は、バスケ部の同期が新聞を持ってきたんだ。ヨッコのコメントが書がれでだばって、あれは取材受けたんだが?」
「取材なんて受けでねぇよ。んでも、兄さんのチームに絶対勝つって言ってだのは当たってるんだ。それが、また困るんだ」
「なして困るの?」
「他人があの記事を見だら、仲の悪りい兄妹だと思うべ。母さんには、なして兄妹喧嘩を人様さ見せるような事を言うんだって、ごしゃがれだんだ。全く、いい迷惑だよ」
 洋子は唇を尖らせて不満を言った。ごしゃがれるとは、説教されるという意味の方言で、『講釈(こうしゃく)れる』が転訛したもと言われている。
「まぁ、ヨッコのお家事情は兎も角として、優勝候補の二番手って書がれれば、対戦相手が警戒してくるがら、やりにくくなるな」芹奈は自嘲的な苦笑した。

「何れにしても、優勝するのは、うちらだがら、何と言われようが構わねぇべ」洋子は強気な言葉を吐いて皆を見回した。
「んだな、外野の騒ぎに惑わされねぇで、しっかり練習して大会さ臨むまでだな。達子森(たっこもり)での練習も次で最後だばって、しっかり頑張って優勝するべし」芹奈が力強く言った。
「我もダンクをマスターして、試合でガツンと決めてやるぞ」慎一郎が言った。
「期待してるよ、慎ちゃん」
 芹奈の言葉に、慎一郎は、照れくさそうに顔を赤らめた。
「所で話変わるばって、注文してたTシャツとバスパンが完成したんだ。それで明日、受け取りに行こうと思ってらんだ。芹奈からは代金を貰ったんだばって、タゲと慎ちゃん、今、5000円ある?」洋子が尋ねた。
「うん、あるよ」慎一郎は、財布から新渡戸稲造(にとべいなぞう)を1枚出した。
「ごめん、我は、漱石(そうせき)が3枚しかねぇや」岳実は言った。
   
 先日、尾崎豊のテープを買ったり、アップルパイを奢ったせいで懐が寂しくなっていた。
「せば、ヨッコが立て替えておこうか?」
「いや、それは申し訳ねぇよ。明日、持っていぐよ。明日の何時ぐらいに行ぐ予定なの?」
「部活が終わってから、本屋さ寄ってから行くつもりだがら、午後3時くらいがな」
「せば、本屋で待ち合わせするか?」
「うん、分がった。せば、本屋で3時に待ってるね」と微笑んだ。

 ハチ公温泉を出てから、洋子のリクエストで、比内地鶏の卵を使ったプリンが評判の菓子屋に寄った。洋子は、家族の分と言って10個も買った。洋子につられて、岳実も3個買った。
 帰宅後、お土産と言ってプリンを母に渡した。母は、予想以上に喜んで、晩飯を奮発してくれて、一日中、機嫌が良かった。よくよく考えてみると、両親に贈り物をしたのは、中学の修学旅行のお土産以来だった。洋子に感謝すると共に、母親って以外に単純だなと思った。

 第33章 終了