第19章/宿敵との戦い

 体育館でジョギングをしていると、対戦相手の大館商工がやってきた。それから、両校の選手は整列して挨拶を交わした。
 対戦相手のキャプテンである高橋を見て、俄然、気合が入った。同じ中学で、高橋がスタメンで岳実は補欠だった。その頃、実力の差は歴然としていた。岳実はライバル心を燃やしていたが、高橋は歯牙にもかけていなかった。

 岳実は高校に入ってから身長も伸びたしバスケも上達した。今日は、高橋に成長した自分の姿を見せ付けてやる絶好のチャンスだ。チームとしても負けられない。大館商工に負けるようでは、目標にしている新人戦ベスト4は夢のまた夢だ。
 桂鳴(けいめい)のバスケは、攻守のバランスが取れたオーソドックスなスタイルだ。一方、大館商工のスタイルは、超攻撃(オフェンス)的な『ラン・アンド・ガン』スタイルだ。『走って打つ』という名前の如く、速攻を狙って走り、あまり時間を掛けずにシュートを打つ。波に乗った時は強烈(きょうれつ)だが、歯車が狂いだすと立て直すのが難しい戦法だ。ここ数年の試合では、桂鳴が連勝していた。

 試合前、コーチがスタメンを発表した。岳実は、シューティングガードとして選ばれた。
 開始直後、いきなり高橋に3点シュートを決められた。その後も、相手は果敢に速攻を繰り出して得点を重ねた。飛びぬけて大きな選手はいなかったが、全員でコートを走りまわった。
 桂鳴も速攻で反撃した。特にポイントガードの久保田と、フォワードの香田がスピードを活かして積極的に速攻を仕掛けた。点の取り合いとなったが、それは商工のリズムだった。
 前半10分が経過し、25対30で負けていた。
 コーチがタイムアウトを取った。岳実はメンバーに相手のスタイルに合わせない方が良いと言った。しかし、コーチは、「シュートをどんどん打って行け、格下の相手に走り負けるな」と、むきになって檄(げき)を飛ばした。
 タイムアウト後、洋子たちがスーパールーキーと噂していた長谷川姉妹の弟が出てきた。
 「何が、スーパールーキーだ。高校バスケの厳しさを教えてやる…」岳実は敵愾心(てきがいしん)を燃やした。
 長谷川は、速攻が得意だった。フォワードながらポイントガード顔負けの巧みなドリブルでディフェンスをかわし、レイアップシュートに持って行くスキルは目を見張るものがあった。
 前半が終了し、45対53で負けていた。岳実は、3本の3点シュートを含め12点を上げた。個人的には満足のいくプレイができてはいたが、チームとしては負けていた。
 ハーフタイムに、コーチは口から唾を飛ばしながら、
「格下相手に何をやってるんだ。絶対に走り負けるな」と、自分たちのバスケットスタイルを無視した指示を出した。かなり頭に血が上っていた。

 後半が始まった。例年の商工であれば、後半でバテて自滅するパターンだった。しかし、今年は違った。高橋がテンポをコントロールして、チームに落ち着きを与えていた。彼はバスケットを良く知っていて、ゲームコントロールが巧みだ。試合を大局的に見て要所を締める。
 追いつけそうで追い付けない展開のまま試合が進んだ。後半残り10分で10点差だった。

 慎一郎が、コーチに呼ばれて、コートに入った。果敢にリバウンドを奪ってゴール下を支配した。彼の活躍で商工は速攻を出せなくなくなり桂鳴のリズムになった。残り5分で4点差まで追いついた。しかし、高橋がゆっくりとパスをまわして時間を使い桂鳴をじらした。そして、制限タイムぎりぎりで3点シュートを決めて7点差になった。

 コーチが堪らずタイムアウトを取り、オールコートプレスの指示を出した。
 岳実は、これはまずいな…と思った。少ない残り時間で追いつく場合、オールコートプレスは定石だが、諸刃の剣でもある。しっかり練習していればまだしも、新チームになってから一度も練習したことはなかった。付焼き刃の戦法が通じるとは思えなかった。
 危惧した通り、オールコートプレスは、呆気(あっけ)なく破られた。高橋は飄々(ひょうひょう)とディフェンスを交わし、冷静にパスをさばいた。結局、オールコートプレスを仕掛けたが、逆に点差は15点差に広がり、試合に負けた。
 試合開始から終了まで、一度もリードを奪えなかった。完敗だった。

 試合後、部室で久保田が頭からタオルを被って落ち込んでいた。久保田は、高橋に完全に翻弄(ほんろう)されていた。冷静なゲームメーク、要所での3点シュート、速攻での正確なパス。ポイントガードとしては高橋の方が上手だった。
 同じく、香田も打ちひしがれていた。上半身裸のまま、頭の後ろで両手を組んだまま目を閉じていた。香田が得意とする速攻で、スーパールーキーの長谷川に、お株を奪われていた。さらに、チームが敗れたことでキャプテンとしての責任も感じていた。

 岳実は居たたまれない気持ちになって、部室を出た。体育館の片隅で、慎一郎が黙々と四股を踏んでいた。敗戦にめげずに直向に努力している姿に感動した。試合にでずっぱりで疲れていたが、慎一郎の姿に感化されて、一緒に四股を踏んで、居残りで、シュート練習に励んだ。
 ここは、負けを認めて、出直すしかない。

 第19章 終了