第14章/ブラジャー

 朝食後、岳実は部屋に戻ってバスケの漫画を読んだ。NBA選手ばりにダンクを決める高校生が、わんさか出てきた。非現実的なのは分かっているが、自分が出来ないプレイをする選手たちに興奮した。漫画でテンションを上げてから練習に向かった。亀の甲羅模様の高積雲が、空一面にぎっしりと張り付き、田圃の稲は青々と伸びて、風に戦(そよ)いでいた。
 
 緑の巨大アリーナようなホップ畑が、前方に見えてきた。ホップは、ビールの原料の一つで、本場ドイツでは「緑の黄金」と呼ばれている。苦味、香り、泡立ちを決める重要な原料だ。冷涼な気候を好むため、主に東北地方で栽培されていて、比内町にはたくさんのホップ畑がある。電柱のような柱が整然と並び立ち、柱の間には幾本ものワイヤーが張り巡らされている葡萄のような葉が繁茂し、若草色のホップの毬花(まりばな)が、鈴なりになっていた。間近でホップ畑を見上げると滝のような迫力だ。
   
 夏になると必ず、ビアガーデンで旨そうにビールを飲む大人たちが、テレビに映し出される。以前、岳実は父に、「ビールって旨いの?」と聞いたら、「苦くてまずい」という答えが返ってきた。しかし、ビールを飲んでいる時の顔はうまそうだ。その顔を見るたびに、ブスの寓話を思い出す。
 和尚が出かける際、小坊主に、お萩(はぎ)の入った甕を指して、「中には猛毒のブスが入っているから決して食べてはいけない」と嘘をつく。しかし、結局、嘘を見破った小坊主に食べられるという話だ。大人がまずいと言って食べる物は、実は旨いのだ。しかし、例外もある。父が健康の為に飲んでいる、生薬が入った薬用酒は、鼻から屁が出るくらいまずかった。

 岳実は、達子森(たっこもり)のプレイグラウンドに着いた。しかし、まだ誰も来ていなかった。目を瞑ってドリブル練習をした。目を閉じる事で、手の感覚を高めることができる。ドリブル練習に汗を流していると、洋子がやってきた。
「おはよう。今日は早いね」洋子が、清々しい笑顔で手を振った。
 白いTシャツに、水色のローリーを穿いていた。ローリーというのは、練習用の短パンで、膝上ぐらいの長さがあるので、転倒しても下着が見える心配はない。
「そのローリー、新しいね?」
「タゲ、よく気付いだね。これ、昨日、買って来たばっかりなんだ」
「若しかして、チーム名のブルーウィンドさ、合わせだの?」
「んだよ」洋子は、はにかんで笑った。
「涼しげな感じが良いな」
「タゲも、今度、ブルーのバスパン穿いてきてよ」
「残念ながら、青系のバスパンは持ってねぇな」
「昨日、行ったスポーツ店さは、大きめのサイズも売ってたよ。大会に向けて皆で揃えようか?」
「んだな、芹奈と慎ちゃんが来たら相談してみるか」

 その後は、二人だけでシュート練習をした。やけに洋子が気になった。体を動かす度にれる胸の膨らみや、Tシャツの裾下から覗く肌。今朝の変な夢のせいで、淫猥な妄想が頭の中にモヤモヤと湧き上がってきた。
 シュートしたボールが、リングに当たって、反対側のコートまで転がって行った。ボールを取りに行き振り返ると、洋子の背中が見えた。Tシャツに透けるブラジャーラインに釘付けになり、思わず生唾をゴクリと飲み込んだ。
 洋子は視線を感じたのか、振り返って岳実の方を見た。岳実は、何だか見咎められているような気がしたので、胡麻加すように視線を外して、ドリブルでリングに向かい、レイアップシュートを打った。

 プレイグラウンドに、徐々に人が増えてきた。家族連れや、少年たち、社会人のチームがやってきてバスケットを楽しんでいた。空には薄い亀甲雲が広がり、日差しは穏やかだったが、気温が高く、むしむしとしていた。
 芹奈が、社会人チームの人と話しあって、練習試合をすることになった。その人たちは、医療機器メーカーに勤めていて、スリーオンスリーの大会にも「ニプロンズ」というチーム名で出るという話だった。ニプロンズのメンバーは、20代半ばの男性二人と女性一人だった。
 試合は、スリーオンスリー大会の特別ルールでやることにした。女性の得点が、普通のシュートで3点が入り、3点シュートを決めると4点が入る。コート上には、必ず男女がいなければいけない。21点を先に取った方が勝ちというルールだった。

 先ずは【慎一郎、洋子、岳実】というメンバーで試合に臨んだ。出だしに、洋子が、2本連続で3点シュートを決めて、8対0となった。すると、ニプロンズは洋子へのマークを厳しくして、簡単にシュートを打たせないようにした。
 洋子にマークが集中したので、岳実が3点シュートを打った。しかし、打てども打てども入らなかった。外せば外すほど、洋子に格好良い所を見せなければと気負ってしまい、悪循環に陥った。
 慎一郎が、リバウンドを取ろうと頑張っていたが、シュートが大きく弾かれて、なかなか取れなかった。岳実のシュートが外れる一方で、ニプロンズは着々と得点を重ねた。あっという間に、8対12と逆転された。
「タゲもリバウンドさ行け」ベンチにいた芹奈から声が飛んだ。
 自らリバウンドに飛び込んだが、上手にスクリーンアウトされて、リバウンドを取れなかった。それでも、慎一郎が根気強くリバウンドに飛び、シュートを押し込んだ。
 ニプロンズに15点目を許した所で、岳実は、芹奈と交代した。岳実は、無得点でベンチに下がった。
 芹奈は、洋子と慎一郎を集めて円陣を組んで指示を出した。芹奈は、ハイポストと呼ばれるフリースローライン付近にポジショニングした。
 ニプロンズはゾーンディフェンスだったので、身長の低い女性選手が芹奈を守った。芹奈は身長差を利用して、ハイポストからジャンプシュートを決めた。守備でも、芹奈が積極的に声を出して相手のオフェンスを凌いだ。
 スコアは19対18。あと2点取れば勝ちだった。
 芹奈へのマークが厳しくなり、なかなかパスが入らなくなった。芹奈は、アウトサイドに出てから、インサイドの慎一郎へパスを入れた。慎一郎は、シュートフェイクでディフェンスを崩そうとしたが失敗して、ボールを洋子に戻した。
 洋子が、3点シュートを狙うと厳しいシュートチェックが来たので、カットインからレイアップシュートを狙った。しかし、相手にブロックされてしまった。ブロックされたボールを芹奈がすかさず拾い、ゴール下の慎一郎にパスした。慎一郎がシュートを決め、21対18で辛くも勝利した。

 第14章 終了