第35章/友達

 その日の居残り練習には、珍しく慎一郎がいなかった。居残り練習後に、水飲み場へ歩いていると、プールの方から水音が聞こえてきた。
 プールサイドに行ってみると慎一郎が一人で黙々と泳いでいた。岳実は、スタート台に立って慎一郎が戻って来るのを待った。
「居残り練習もしねぇで、泳いでるなんてどういう風の吹き回しだ?」
「友達だちのせいだよ」
「はぁ?慎ちゃん一人で泳いでで、友達なんてどこにもいねぇべ」と首を傾げた。
「違うよ、友達でいましょうって言われたんだ。芹奈ちゃんに…」
「まじで告白したの?」
「冗談で告白する訳ねぇべ」
 そう言うと、慎一郎は仰向けに水面に浮んで空を眺めた。
「んだがら、止めでおけって言ったやず。馬鹿だなぁ」
「やっぱり、我は馬鹿がなぁ…」
「うん、大馬鹿だよ」と言ったが、岳実は内心、羨ましかった。
「んでも、告白して、すっきりしたよ」
「まーた、強がり言って」
「強がりでも言わねぇと、やってらんねぇよ。んだがら、やり場のねぇ気持ちを紛らわせる為に泳いでらんだ。くっそー、友達なんて嫌だ」と大声で叫んだ。目が少し潤んでいた。
 岳実は、プールの水を掬って嘗める真似をした。
「しょっぺぇ、これは慎ちゃんの涙の味だな」と笑った。
「んだ訳ねぇべ」
 慎一郎もプールの水を嘗めた。
「うん、ちょっとだけ涙の味がするな」と苦笑した。
「芹奈の彼氏は、高三で受験勉強が忙しくて、あんまり会えてねぇって言ってだがら、慎ちゃん、まだ可能性はあるよ」と励ました。
「まじで?せば、諦めねぇで頑張るぞ」
 慎一郎が拳を突き上げてジャンプすると、大きな水飛沫が上がり岳実に掛かった。
「ちょっと慎一郎ちゃん。Tシャツがびしょびしょになってしまったべ」と文句を言った。
「大丈夫だ。天気良いがら直ぐ乾くよ。それよりも、タゲ…。腹減ったがら飯食いに行がねぇが?」
「食欲あるんだば、大丈夫だな」
「泳いで気持ちをスッキリさせようど思ったばって、腹が減るばっかりで駄目だな」
 慎一郎は、はにかんで笑った。

 第35章 終了