第32章/のぞき見のリベンジ AGAIN

 その日のスリーオンスリーの練習は午前中だった。空はどんよりと曇っていたが、風がなく蒸し暑かった。樅の木陰に自転車を止めると、油蝉が小便を垂らしながら逃げて行った。名前の由来にもなっているキャラメルを薄く塗ったような半透明の翅が美しかった。
 その日の練習でも、洋子は、魔法を掛けているかのように3点シュートを決めていた。岳実は特訓で自信を深めていたが、一緒にシュート練習をして、まだまだだと実感した。
 シュート練習後、慎一郎のダンク練習が始まった。特訓の成果で、ジャンプのタイミングが良くなり、ランニングジャンプからの両手ダンクを五割近い確率で決めていた。
 ダンクの練習終、「合わせ」の練習をした。合わせと言うのは、オフェンスのコンビネーションの事だ。その日は、ドリブルからのアシストパスを重点的に練習した。
 最後に、ジュースを賭けて2対2の紅白戦をする事になった。ジャンケンでチーム分けをして、岳実と芹奈、慎一郎と洋子というチームになった。岳実は慎一郎を、ディフェンスしたが、ゴール下で彼を止めることは出来なかった。
 何とかゴール下で、慎一郎にパスが渡らないように必死でディフェンスをして、なるべくフリースローラインよりも外でボールを持たせるようにした。慎一郎は、外からのシュートは相変わらず入らなかった。それでも、自らリバウンドを取って、シュートを捻じ込んだ。18対18の同点で残り3点という状況になった。最後は、洋子に3点シュートを決められ、岳実たちが負けた。

 皆でベンチに腰掛けて缶ジュースを飲んだ。慎一郎が喉を鳴らして美味そうに飲んだ。くの字に突き出た喉仏が小動物のように上下にウネウネと動いていた。洋子も、目を閉じて美味しそうに飲んでいた。一筋の汗が、黒髪から頬を流れ、首筋、鎖骨と流れ落ち、Tシャツに滲んだ。
「今日は、蒸し暑がったがら、べっとりとした汗をいっぱいかいたな。シャワー代わりに、皆で温泉でも行がねぇが?」
 岳実は、ジュースを飲みながら尋ねた。
「それ、いいな。温泉さ行ぐべし」慎一郎が、賛成した。
 芹奈と洋子も、賛成した。4人は着替えをしないで、ハチ公温泉に直行した。岳実はペダルを漕ぎながら、前回のリベンジに燃えた。

 その日は、他の入浴客がたくさんいて、覗きをするチャンスがなかった。慎一郎は、諦めて早々に上がっていった。
 岳実は、長風呂は苦手だったが、我慢して入り続けた。入浴客が次々と上がっていき、岳実と老人だけになった。やがて、長風呂を我慢した甲斐があり、老人も上がり、男風呂には岳実一人になった。岳実は急いでに座台を積み上げた。そして、音を立てないようにゆっくり上った。
 胸をドキドキさせながら、壁の上からそろりと女風呂を覗いた…体を洗っている年老いた婆さまがいるだけだった。洋子を探していると婆さまと目が合った。しまった。見つかった…岳実は肝を冷やしたが、婆さまは、にっこりと笑った。そそくさと座台を片付けて、岳実は、スゴスゴと風呂場を後にした。

 入浴後、休憩室に行くと三人は楽しそうに談笑していた。岳実は、自販機でガラス瓶のコーヒー牛乳を買って飲んだ。長風呂で、のぼせてしまったので、休憩室で横になった。
 しばらくして、風呂場で目が合った婆さまが来た。婆さまと目が合うと、艶かしさを漂わせてニンマリと笑いかけた。岳実は、湯後の汗がスーッと引いていくのを感じた。

 第32章 終了