第31章/新聞記事

 次の日、岳実は真沙美と顔を合わせるのが気まずかった。しかし、彼女は、何事もなかったように、何時も通りの態度だった。胸を撫で下ろしたが、練習中に、こちらを見て、真沙美と百恵がコソコソと話をしていたのが気になった。若しかして、真沙美が百恵に恋愛相談しているのかも知れないと思った。
 その日の紅白戦、岳実はスタメンに選ばれたがシューティングガードとしてだった。慎一郎は、サブチームに選ばれた。特訓の成果が出て、リバウンドはチームで一番に成長していた。紅白戦でも、スタメンのセンター原と互角に渡り合っていた。

 練習が終わって部室に引き上げると、香田が話しかけてきた。
「スリーオンスリーの大会で、タゲのチームは、何って名前だっけ?」
「ブルーウィンドだ」
「やっぱりな。面白れぇ物を見つけたがら、見せでやる」
 香田は、スポーツバッグから折り畳んだ新聞紙を取り出して言った。
「タゲ、ここ読んでみれ」
 地元紙の北秋新報だった。見開き2ページにわたって、夏祭りの特集が記載されていた。大文字焼き、花火大会、太鼓演奏会、ぶっかけ御輿(みこし)と言ったイベントと並んで、スリーオンスリーの大会に関する記事も掲載されていた。
 主な記事は、全日本代表の大海航貴についてだった。また、洋子との兄妹対決についても書かれていて、かなり扇動的な内容だった。「兄のチームを倒して絶対に優勝する」と言う洋子のコメントも掲載されていた。岳実たちは、新聞社から取材を受けた覚えもないし、洋子も取材を受けたとは言っていなかった。何か、兄妹対決を煽って大会を盛り上げようという、新聞社の意図を感じた。
「航貴さんの妹ど一緒のチームなんだべ?」
「んだよ。洋子って言っていうんだ。鳳女子のキャプテンやってるんだ」
「タゲも隅に置けねぇ男だな」
「それはこっちの台詞だ。又、別の女子さ手を出して」
「まぁ、まぁ、童貞くん。そんなに僻(ひが)むなよ」
 香田は宥(なだ)めるように岳実の肩を叩いた。
「あんなケバイ女は、我の好みでねぇ」岳実はぶっきら棒に言い返した。
「ケバイばって、あっちの方はわったり上手いんだよ。タゲにはまだ分からねぇ話だばってなぁ」
 香田は頬を上げて卑猥な笑みを浮かべた。
「浮気ばっかりしてれば、後で痛い目に遭うぞ」
「英雄、色を好むって言うべっしゃ」香田は悪びれずに言った。
「バーカ、誰が英雄だ。お前はただのヤリチンだべ」と言って、新聞を香田に返した。
「んで、洋子ってのは、めんこいが?」
「うん、めんこいよ」
「んだば、今度、紹介してよ」
「馬鹿も休み休み言え。んがは、あのケバい女で十分だ」と本気で言い返した。
「そんたに怒るなよ。はっはーん。さ ては、その女さ気があるな」
 香田が、岳実の脇腹(わきばら)を突っついた。
「全く、うるせぇな」
「タゲも、やることやってるなぁ。若しかしてもう、唾付けだんだが?」
「お前と違って、体が目的で女子と付き合ってる訳でねぇんだ」と毅然(きぜん)と言った。
「またまた、口ではそんたこと言っても、頭の中は助平なことばっかり考えてるくせに。もし、その女子とヤレるような関係まで進んだらアドバイスしてやるがら、何でも聞いでけれ」
 香田は自信たっぷりに胸を張った。
 適当に、香田に相槌を打ってから部室を出て、居残りでドリブル練習を黙々と始めた。慎一郎は、珠のような汗を流しながら、鬼の形相でダンクの特訓に励んでいた。

 第31章 終了