第27章/のぞき見のリベンジ

 岳実たちは、食堂で遅い昼飯を食べた。時刻は1時半だった。水泳の勝負に負けた慎一郎は、嬉しそうな顔で奢っていたので、わざと勝負に負けたのでは?と訝(いぶか)しく思った。ランチの注文は、洋子が照り焼きチキン定食で、それ以外の3人はカレーライスだった。
 昼食後、トランプでババ抜きや大富豪をして遊んだ。しばらくすると、時計から鳩が出て3時を告げた。
「所で芹奈、何時に帰るの?」と尋ねた。
「うーん、どうしようっかな」
「若しかしてまだ泳ぐ気なんだが?」と目を丸くした。
「足もつったし泳ぐのはもういいよ。せっかくだがら、温泉に入ってから帰るが?」
「良いね、温泉。入るべし」岳実は、大きく頷いた。
 ハチ公温泉での失敗が頭を過ぎった。今度こそは、慎一郎だけに良い思いをさせてなるものか。そう思って慎一郎を見ると目があった。彼はニヤリとほくそ笑んだ。

 しかしながら、更衣室に入ってリベンジは不可能だと悟った。浴室は客で溢れかえっていた。
「今日は、無理そうだな」岳実は、呟いた。
「んだな。今日はのんびり湯に浸かるか」慎一郎は、そう言って苦笑した。
 温泉は天然掛け流しだった。湯船では、レジャープールの興奮覚めやらぬ子供たちが、バチャバチャお湯をかけあったり潜水したりと騒がしかった。少々、腹が立ったが、自分も、彼らと同じ年の頃は、同じような事をしていたなと思うと気にならなくなった。
 露天風呂には二つ湯船があった。一つは無色透明の湯で、もう一つは、鉄錆色に染まった湯だった。泉質が結晶化して湯船が赤茶けていた。
 赤い湯に、のんびりと浸かった。温めで、のんびり入るには丁度良かった。湯船の縁石を枕にして、足を伸ばして、景色を眺めた。山の斜面には森が茂り、綿雲が青い空を気侭に泳いでいた。一旦、上がって、体と頭を洗ってから、内湯に軽く浸かってから上がった。
 慎一郎は相変わらず、、ゆっくりと入浴していた。休憩室に行ったが、芹奈と洋子はまだ上がっていなかった。バスタオルを頭にぐるぐる巻きにして、畳の上に横になった。ひんやりとした感触が、火照った体に心地よかった。そのまま、うたたねをしてしまった。

「おーい、インド人。生きでらが?」洋子の声が聞こえた。
 何故、ここにインド人がいるのだ? ここは日本のはずだ。それとも洋子にインド人の知り合いがいるのだろうか?若しかして、インドのマハラジャか?もしそうなら、洋子を花嫁に迎えに来たのかも知れない。おのれ、マハラジャめ。金に物を言わせて大和撫子を奪うとは許せない。しかし、洋子は金に目が眩むような女ではない。それに今日のランチでは皆カレーだったが、洋子だけはカレーを食べなかった。きっと、カレーが嫌いなんだ。
 カレーが嫌いな人間は、インドでは暮らせない。ふっふっふ、残念だったなマハラジャ。洋子は、カレーよりも和食が好きなんだ。岳実は勝ち誇った気分になった。
「おい、インド人。にやけでねぇで起きろ」岳実は、尻を平手で叩かれて目が覚めた。
「痛ってぇな。何だよ」と、頭を擡げて目を開けると、芹奈と洋子が立っていた。
「せっかく、気持ちよく寝でだやず。それに、何だよインド人って。我は日本人だ。昼飯も、ちゃんとカレーを食べだぞ」寝惚けていた岳実は、しどろもどろになった。
「何、意味不明な事を言ってらの?」
「ヨッコは、カレーが嫌いだから、マハラジャが来ても大丈夫だ」岳実は呟いた。
「は?何言ってらの?温泉で転んで頭でも打ったが?」芹奈が、首を傾げた。
「我は、インド人には負けねぇよ」と言った。
「インド人っていうのは、タゲの事だよ。ぐるぐる巻きにしたバスタオルが、ターバン巻いているみたいだがら、インド人って呼んだんだよ」
 洋子が、朗らかに笑った。
「ヨッコはマハラジャが好きなの?」と尋ねた。
「マハラジャ?別に好きじゃねぇばって」洋子は、首を傾げた。
「ほら、本地(ほんじ)ねぇこと喋ってねぇで、早く目を覚ませ」
 芹奈が、再び岳実の尻にバシリッと平手打ちを食らわした。
「痛ってぇな。ちょっとは手加減してよ」
「ったく、相変わらず馬鹿だねぇ」
「寝てるだけで馬鹿呼ばわりはねぇべ」
「周りを見れ、周りを。これだけ混雑してる中で、図体のでかい男が二人、寝転がってだら、他の人の迷惑だべ」
 そう言われて、周囲を見渡すと、何時の間にか、休憩室は混んでいた。そして、隣には、いつの間にか、慎一郎も、大の字になって寝ていた。
「あれ?さっきは、もっと空いでだんだ」と、弁明した。

 第27章 終了