第16章/サンドウィッチ

 入浴後、洋子の手作りのサンドウィッチを、みんなで食べた。サンドウィッチには、いろんな具が挟んであった。定番の玉子やベーコン、レタスや薄切りトマト、ソースカツ、さらに、マッシュポテトにとんぶりという風変わりな物もあった。

「んだば、食べながら作戦会議するべし」芹奈が、トマトサンドを食べながら言った。
「組み合わせは、先ず一回戦は鷹巣(たかのす)ベゴーズっていうチームだ」洋子が言った。
「どういうチームなの?」岳実は尋ねた。
「何でも、鷹巣町の肉牛農家のチームらしいよ」
「なるほど、牛だがらベゴーズってことか」慎一郎が鼻で笑った。
 東北地方では牛のことをベゴと呼ぶからだ。
「30代のおっさんチームだよ」洋子が言った。
「せば、ろくに運動もしてねぇべがら楽勝だな」岳実は言った。
「それは甘いよ。オールコートなら、脚力で勝てる。んでも、スリーオンスリーは、ハーフコートだから、そうはいかねぇよ」
「そうか、油断大敵だな」
 岳実は、頷いてから、玉子サンドに手を伸ばした。
「話が変わるばって、今日のゲームで気になったのは、リバウンドだな」芹奈が、言った。
「ごめん、あんまりリバウンド取れねくて申し訳ねぇ」慎一郎が、謝った。
「何も、慎ちゃんは、頑張ってたよ」芹奈は、慎一郎を褒めた。
「問題は、慎ちゃん以外の二人だ。リバウンドさは、シュート打った人も含めて全員で取りに行かねぇと駄目だ」
「芹奈の言う通りだな、ヨッコも余りリバウンドさ行かねぇがったからな」洋子が、反省の色を浮かべた。
「我も殆どリバウンドさ絡まねがったなぁ」岳実も、溜息交じりに言った。
 試合中はシュートにばかり気を取られ、リバウンドがおろそかになっていた。洋子の目を意識する余り、【いふりこぎ】、つまり、格好付けになっていた。結局の所、泥臭くルーズボールやリバウンドを奪わないと試合には勝てない。

「大会さ話を戻せば、二回戦は多恵さんと美恵さんの鹿角(かづの)タミリンズっていうチームだな」
 洋子が、トーナメント表を指でなぞりながら言った。
「んだな。多分、そうなるな」 芹奈が、小さく頷いた。
 洋子と芹奈の視線に緊張の糸が走った。
「その、多恵さんと美恵さんって誰?」
 慎一郎が、ツナマヨサンドを食べながら尋ねた。
「双子姉妹で、鳳女子が2年前に県大会で優勝した時の選手なんだ。大学さはバスケ推薦で行って、今も関東一部のリーグで現役で選手やってらんだ」洋子が説明した。
「東京からわざわざ参加するなんて、かなり気合が入ってるな」慎一郎が、揶揄した。
「お盆の帰省ついで出場するんだと思うよ。ちなみに、弟もバスケが上手で大館商工のスーパールーキーって噂されてるらしいよ」洋子が、言った。
「まじで…今週、商工と練習試合するんだ。若しかしてセンターだが?」慎一郎が、尋ねた。
「うーん、ポジションまでは知らねぇな」 洋子が、首を傾げた。

「何れにしても、練習試合すれば分かるべ。センターだとしても、慎ちゃんは、日に日に上達してるから、何も恐れることはねぇよ。所で、ヨッコ。多恵さんのチームに勝ったら、その次に上がって来そうなのは何処のチーム?」
 芹奈が、ソースカツのサンドイッチを食べながら聞いた。唇に、ソースが付いていた。
「んん…、よく分からねぇな」洋子が首を傾げた。

 岳実は、トーナメント表を見た。ヅラトラマンと言うチームがあった。その名前に何か引っかかるものを感じて尋ねた。
「ヨッコ、ヅラトラマンの代表者って誰?」
「香田和政って人だな」
「そいつは、桂鳴バスケ部のキャプテンだよ」岳実は、言った。
「桂鳴バスケでも出るんだね。若しかして、チームメイトから一緒に出ようって誘われたんでねぇの?」洋子が、申し訳なさそうな顔を見せた。
「何も、そんたことはねぇよ」
 岳実は、恩着せがましいことを言うのが嫌だったので、顔の前で手を振った。
「ヅラトラマンなんて、香田もベタな名前付けたな」慎一郎が苦笑した。
 桂鳴高校のアダ名が「ヅラ高」だった。
 ヅラという言葉には、毒がある。父の禿げ頭を見れば、岳実の20年後は見えてくる。当然ながら岳実は、ヅラやハゲという言葉には敏感だった。
 慎一郎がパンの間から落ちそうになったウインナーを掴んで、カプリと音を鳴らして食べてから言った。
「お互いに勝ち上がれば、準決勝で香田のチームと当たることになるな」
「んだな、そうなるな」岳実は、相槌を打った。
「香田のチームさ勝って、更に決勝で勝てば、エアージョーダンをゲットだな」慎一郎が、興奮気味に鼻を鳴らした。
「取らぬ狸の皮算用だ。まだ一回戦でさえ勝った訳じゃねぇんだがら」
 岳実は、慎一郎を戒(いまし)めてから卵のサンドウィッチに手を伸ばした。
「何だタゲ、随分と弱気だな」芹奈が、揶揄した。
「勿論、決勝まで行くつもりだよ。ただ、一戦一戦しっかりやらねぇと足元を掬われるよ」
「確かにその通りだな。何れにしても、決勝には、このBIG OCEANっていうチームが上がってくると思うよ。ねぇ、ヨッコ?」
 芹奈が、トーナメント表を指差しながら、洋子に視線を向けると、洋子は頷いた。

「BIG OCEANっていうのは、そんたに強いの?」岳実が、尋ねた。
「航貴(こうき)さんがいるんだ」芹奈が答えた。
「マ、マジで、航貴さんが出るの?」
 岳実は、驚きのあまり、素っ頓狂な声を出した。
「航貴さんって誰?」慎一郎が、不思議そうな顔で尋ねた。
「そうか、慎ちゃんは高校からバスケ始めたから、航貴さんの事を知らねぇんだな」
「うん、知らねぇな」
「地元出身の、全日本代表の選手だよ」岳実は、答えた。

 大海航貴は、地元の中学を卒業後、バスケットの名門、能工大附属高校に進学し、何度も全国優勝に輝いた。大学でも、チームをインカレ優勝に導き、現在は実業団で活躍し、全日本代表に選ばれている。マンスリーバスケットという雑誌の先月号の表紙を飾っていた。岳実にとっては、雲の上の存在だった。
「航貴さんが出るんだば、勝ち目ねぇな」岳実は、大きく溜息を付いた。
「そんたことねぇよ。絶対、勝つんだがら」洋子が、強い視線で岳実を見つめた。
「全日本の航貴さんが出るんだば、勝つのは容易でねぇよ」
「バスケはチームスポーツだ。皆が力を合わせて頑張れば勝機はあるよ」
 洋子は、強気な姿勢を崩さなかった。

 岳実には、洋子の自信が何処からくるのか分からなかった。全日本のエースがいるチームに、高校生の寄せ集めチームが勝てるとは思えなかった。確かにバスケはチームスポーツだ。他の選手が、ド素人だったら勝機はあるかも知れない。しかし、それなりの実力がある選手がいると考えるのが妥当だろう…
「航貴さんのチームは、どういう選手がいるの?」岳実は、尋ねた。
「中学の時のチームメイトって言ってたよ」洋子が、さらりと答えた。
「能工OBじゃねくって良がったな」芹奈が苦笑した。
「んでも県大会で優勝して、全中(ぜんちゅう)さ出たチームだがら、強いと思うよ」洋子が、言った。
「ヨッコは、航貴さんについて詳しいんだな。さては、アイドルの追っ掛けみたいなことをしてたんだべ?」慎一郎が、からかった。
「そんなんでねぇよ」奥歯に物が詰まったような物言いだった。
「香田以外にも誰か知り合いが出てねぇがな?ちょっとトーナメント表見せて」慎一郎が、言った。
「おっ、もう一人知り合いがいたぞ」慎一郎は顔を上げて岳実を見た。
「へぇ、以外に慎ちゃんは、顔が広いんだな」岳実は、少し感心した。
「大海洋子って人だよ」慎一郎が、冗談めかして言った。
「それ、ヨッコだよ」洋子が突っ込んで笑った。
「今、気付いたばって、航貴さんも、大海っていう苗字なんだな」
「偶然だよ」
 洋子が、ぶっきらぼうに言った。
「あれっ。んでも、二人の電話番号が一緒だよ。住所も同じだ」
「うーん、ばれちゃったか‥実は、兄弟なんだ。航貴の妹っていう目で見られるのが嫌だから、内緒にしてだんだ」洋子が、不機嫌さを滲ませて言った。表情からは、屈折した感情が読み取れた。

 岳実は、有名な兄を持つ洋子と知り合えて誇らしいと思うと同時に、彼女が急に高嶺の花になったように感じた。
「ヨッコに口止めされてたから、こっちも喋らねがったんだ」芹奈が言った。
「どうしても今度の大会で、兄さんのチームに勝ちたいんだ」洋子の瞳に、熱い力が籠もっていた。
 岳実は、洋子が優勝にこだわる理由に納得した。
「んだがら、タゲには活躍してもらわねぇと困るんだ。宜しく頼むね」洋子が言った。
「おう。任せてけれ」と、胸を張ったが、正直言って勝算は少ないと思った。しかし、嘘でも強気な姿勢を見せて、男気を示さなければ頼りない男と思われると思った。

 慎一郎が、サンドウィッチを包んでいたラップを折り目正しく畳んでいた。
「慎ちゃん、血液型はA型だべ?」
 洋子が尋ねた。そう言った彼女もラップを畳んでいた。
「んだ。ヨッコもA型?」慎一郎の問いに、洋子は頷いた。 
「タゲは、B型がな?」洋子が岳実を見た。
 岳実の前には、皺くちゃになったラップが散乱していた。
「食べ終わったらラップは捨てるんだがら、畳む必要なんてねぇべ」岳実は、反論した。
「それは分かってるんだばって、何故か、畳んでしまうんだよ。でもこうして畳んでると、何だか落ち着くんだ。所で、サンドウィッチはどうだった?」洋子が、言った。
「すごく、旨(んめ)ぇがったよ。今まで食べた中で一番だ」岳実は、大袈裟に誉めた。
「それは良かった。あんまり自信ねぇがったんだ」洋子が、嬉しそうに微笑んだ。

「所で皆、大会用にTシャツと短パンを作ろうよ。チーム名のブルーウィンドにちなんで空色に揃えるべし」洋子が、言った。
「若しかして、今日の練習でヨッコが着てたようなローリー?」芹奈が、尋ねた。
「んだ」と、洋子が頷いた。
「んでも、ヨッコが、今日、穿いてたのは、ローリーだべ?男子がローリーを穿くのはちょっと格好悪りぃよ」慎一郎が、小首を傾げた。
「慎ちゃんとタゲは、NBAの選手のような、バギーパンツが良いと思うな。それだったら、膝上までの長さで、ローリーと見た目も合うよ」
「女子もバギーパンツにして、全員で揃えた方が良いんでねぇの?」芹奈が、言った。
「せば、折角だから揃えようか」
「バギーパンツだと、こけた時とかに股間が見えてしまうがら、女子にはどうがな?」岳実は、疑問を呈した。
「男子は大事な物が見えても良いの?」芹奈が笑いながら突っ込んだ。
「下にパワータイツ穿くがら大丈夫だ」
「あら、女子だってパワータイツぐらい持ってるよ。ねぇ、ヨッコ」
「うん、持ってらよ。タゲ、心配してくれてありがとう」洋子が言った。
「うん、まあな」
「褒める必要なんてねぇよ。単に助平なだけだ。何時もそういう所さ視線が行ってるがら気になるんだよ」芹奈が、横槍を入れた。
「何だ、そういうことか。タゲの助平」洋子が、舌をペロリと出してアッカンベーをした。
「折角、心配してやったやず。可愛くねぇな」岳実は、唇を尖らせた。
「あれ、タゲ、えへだの?」
 洋子が、からかうような顔をした。【えへる】というのは、不貞腐れるという意味だ。
「何も、えへでねぇよ」と、強がった。
「まぁ、えへん坊は放っておけ。所で、パワータイツの色も揃えた方が良いな」芹奈が、話題を戻した。
「水色のパワータイツは、スポーツ店では、あまり見たことないな」洋子が、言った。
「バスケット雑誌の通販のカタログでは、見たこととあるよ」岳実が、言った。
「通販だと取り寄せるまでに時間が掛かるがら、大会までに間に合わねぇな」芹奈は、腕組をして首を傾げた。
「水色は諦めて、白にしようか。白だったら、みんな持ってるべ?」洋子の問いに全員頷いた。

「せば、パワータイツは白で決まりだね。あと、Tシャツは、バスパンに揃えて水色で良いがな?」洋子が、尋ねた。
「んだな、上下で合わせた方が、見栄えが良いな」と、芹奈が賛成した。
「我も水色で良いと思うよ」慎一郎も、続いて頷いた。
「Tシャツは、白が良いな」岳実は、異議を唱えた。
「なして、白がいいの?」洋子が、不思議そうな表情で尋ねた。
「暑さ対策だよ。白の方が光を反射して、暑くねぇと思うんだ」
 岳実は、下心を隠して、もっともらしい理由を言った。
「そう言われると、確かに、野球のユニフォームは白が多いな」慎一郎が、感心したように頷いた。
 そこに、芹奈が、口を挟んだ。
「サッカーやラグビーは、色んな色があるよ。外でやるから、白が良いとは一概に言えねぇと思うな。それに、白でも水色でも、暑さは、そんたに変わらねぇべ」
「白の方が涼しいと思うんだばってなぁ…」岳実は、ボソリと呟いた。

 白いTシャツを推したのは、助平心からだった。白の方が、ブラジャーが汗で透けて見え易いと思ったからだ。芹奈に論理的に反論されて言い返せなかったのもそのせいだ。結局、洋子の提案通り、Tシャツも水色にすることに決まった。
「さて、早速買いに行こうと思うんだばって、みんな、午後の予定は?」洋子が、尋ねた。
「ごめん。今日は用事あるんだ」芹奈が答えた。
「我も、午後から、家の手伝いがあるんだ」慎一郎が言った。
 3人の視線が岳実に注がれた。
「我は、暇だよ」と答えた。
「せば、買い物に付き合ってもらって良い?」洋子が、尋ねた。
「しょうがねぇな。せば、付き合うか」という言葉とは裏腹に、岳実は転がり込んできた幸運に小躍りした。

「せば、そろそろ行こうっか」芹奈が皆に声を掛けた。
「そうだ、言うの忘れでだ。次の練習、夕方でも良いがな?ちょっと、用事が入ってしまったんだ」洋子が言った。
  芹奈と慎一郎は、直ぐに同意した。
「いいばって。んでも、その…」岳実は、言い淀(よど)んだ。
「若しかして、タゲ、夕方は忙しいの?」洋子が、申し訳なさそうに尋ねた。
「いや、その…何時からやるのかなと思って…」岳実は本音を言えなかった。
 洋子の用事が、何かを聞きたかった。しかし、デートだと言われるのが恐くて聞けなかった。
「せば、次の練習は5時からで良いがな?」洋子が言った。
「んだな、そのくらいが涼しくて良いな」芹奈が同意した。
「5時からだと、終わるのが7時くらいになるど思うよ。帰り道が暗くなるばって、大丈夫だか?」岳実は、心配して尋ねた。
「そんたにヤワじゃねぇよ。部活帰りも普通にチャリ通で帰ってらし。それに途中まで慎ちゃんと帰り道が一緒だがら大丈夫だ」洋子が、微笑んで言った。
 洋子の言葉を聞いて、岳実は、慎一郎にちょっぴり嫉妬した。

 第16章 終了