第3章/秋田犬と比内鶏

 練習試合の翌日の月曜は部活が休みだったが、岳実は、スリーオンスリーに部員を誘うため部室に向かった。部室に入ると、香田がマイケルジョーダンのTシャツと短パンに着替えて、バッシュの紐を結んでいた。
「昨日、ボロ負けしたから自主トレは、我(わ)一人だけがど思ってだばって、タゲも来たな」と香田は笑みを浮かべた。
「んだな、能工にあれだけボロクソにやられるどは思わねがったな…」と苦笑いした。
 香田の身長は175cmで岳実と同じくらいで、得意なプレイは、ミドルシュートや速攻だった。スリーオンスリーに誘いたかったが、芹奈の希望するセンタープレイヤーではなかった。15分ぐらい部室で待ったが、センタープレイヤーは誰も自主トレに来なかったので、1時間くらいシュート練習をしてから帰宅した。

 自転車で山沿いの農道を走っていると、畑から「クェーンクェーン」と言う鳴き声が聞こえてきた。色鮮やかな雉(きじ)が翼をバタつかせて、大きな羽音(はおと)を立てていた。目の回りの肉垂(にくだれ)は赤々としていて、仮面舞踏会で掛ける目隠しのようだった。
 幾つかの集落を抜けると、米代川(よねしろがわ)に架かる大きな橋が見えてきた。橋の手前で堤防への上り坂になったので、変速ギアを軽くし立ち漕(こ)ぎで坂を上った。
 橋の欄干(らんかん)には、大館市(おおだてし)の天然記念物である秋田犬の銅像が飾られていた。
 橋の上で自転車を停めて、バッグからスポーツドリンクを取り出した。
 滔々(とうとう)と流れる米代川に、水合羽(みずがっぱ)を着て腰まで浸かっている人たちがいた。天然鮎を狙っている釣り人だった。毎年、七月の解禁日を過ぎると、釣り好きの気違い達が、全国からやって来る。米代川の夏の風物詩だ。
 川面から視線を上げて白神山地を眺めた。田代岳(たしろだけ)や藤里駒ケ岳(ふじさとこまがたけ)などの山々が、青田の広がる盆地の彼方に、波のうねりのように連なっていた。

 一休みしてから、再び自転車を進めた。渡たり終えた橋の欄干(らんかん)には、比内町(ひないまち)の天然記念物である比内鶏の雌雄の銅像が、仲良く並んでいた。今にも鳴き出しそうなほどリアルだった。
 米代川の北岸が大館市で、南岸が比内町となっているので、両岸には、それぞれの市町の天然記念物の像が飾られている。そこから更に自転車で数キロ、自転車を走らせて自宅に帰った。

 第3章 終了